アメリカ二大政党の始まり

 

アメリカの二大政党

アメリカの二大政党といえば、共和党と民主党です。

アメリカ国会議事楼

下記は現在の共和党と民主党の特徴をまとめたものです。

<共和党(Republican)>

  • マスコットは象。知識と力の象徴
  • 「Neoconservatism(新保守主義)」を掲げている
  • 他国への介入主義、経済効率や大企業の発展を重視
  • 同性愛と中絶に強固に反対
  • 主な支持層:大企業や軍事関係、キリスト教右派、中南部の富裕層、保守派白人層
  • 主な大統領:エイブラハム・リンカーン、セオドア・ルーズベルト、ドワイト・D・アイゼンハワー、リチャード・ニクソン、ロナルド・レーガン、ジョージ・W・ブッシュ

<民主党(Democrat)>

  • マスコットはDonkey(ロバ)。家庭の象徴
  • シンボルカラーは白
  • 「リベラル(自由主義)」を掲げている
  • 環境問題、人権問題、福祉に関して積極的
  • 主な支持層:西海岸&東海岸の主な州(カリフォルニアは昔から民主党よりです)、高学歴層、マイノリティー
  • 主な大統領:フランクリン・D・ルーズベルト、ジョン・F・ケネディ、ジミー・カーター、ビル・クリントン、バラク・オバマ

ゾウとロバがマスコットというのが結構おもしろいですよね。

ゾウ ロバ

 

上記のまとめでは、共和党を「新保守主義」(いわゆる「ネオコン」)としていますが、これはあくまでレーガン政権以降の話で、それ以前の共和党はどちらかというと「草の根保守」といった形に近いです。
本来は、中央集権的な色合いを持っているのが民主党で、共和党は古くからあるアメリカ各地の生の生活を大事にする政党でした。
「ネオコン」は、民主党的な思想の人たちが共和党内部に入り込んだことによって生まれた潮流であるというようなことをいう人達もいます。

リパブリカンズとフェデラリスツ

そもそもこの2つの政党はどのようにして生まれたのでしょうか。

誰もが知っているように、アメリカ合衆国の初代大統領は、ジョージ・ワシントンです。

ワシントン

ワシントンが率いる合衆国連邦政府内には、各州の権利を尊重していこうとする州権主義の人たちと、連邦政府の権限をなるべく強めていこうとする中央集権主義の人たちがいました。
前者は共和派(リパブリカンズ)と呼ばれ、その代表が後に第3代大統領になるトマス・ジェファーソンで、後者は呼ばれ連邦派(フェデラリスツ)、その代表は、アレグザンダー・ハミルトンでした。
ワシントンは、ジェファーソンを国務長官に、ハミルトンを財務長官に任命し、両派のバランスを取ります。

ワシントン自身は、どちらかというとフェデラリスツに近い考えを持っており、2代目の大統領のアダムズもフェデラリスツでした。

が、次第にリパブリカンズが優勢となり、激しい党派対立を経て、トマス・ジェファーソンが第3代大統領に就任します。
アメリカの独立宣言を起草したことで有名な人物です。

トマス・ジェファーソン

この時代において、選挙で民主的に政権交代が行われることは非常に珍しいことでした。
トマス・ジェファーソンは、この政権交代は「1800年の革命」と呼んでいます。

ジェファーソンは、1801年3月4日の就任演説で、「あらゆる意見の対立は原理原則の違いを意味しない。我々はすべてリパブリカンズであり、同時にフェデラリスツなのだ」と和解を訴えました。
2000年の大統領選挙では、開票作業の混乱で36日間も大統領が決しないことがありましたが、共和党候補のブッシュも民主党候補のゴアも、このジェファーソンの言葉を引用しつつ、結果が確定した際には、争うことがないことを訴えていました。

ジェファーソン以降は、しばらくリパブリカンズが大統領の座を占め続けます。

そして、第6代大統領のジョン・クインシー・アダムズのときに、膨れ上がったリパブリカンズの中で内輪もめが勃発したのです。

リパブリカン内部の分裂

それは1924年の大統領選でのことでした。
この年の大統領選は大変な激戦となりました。

このときの大統領選の候補者の一人に第7代大統領になる、アンドルー・ジャクソンがいました。
彼は、これまでの大統領とは違い、貧しいアイルランド移民の出身だったので、初めての庶民派大統領として知られています。

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この年の大統領選は4人の候補者がいたのですが、ジャクソンが、選挙人99人を獲得してトップに立ち、一般投票でも1位になったのでした。
しかし、過半数を獲得するにはいたらず、決戦投票になったのですが、一次投票で4位だったクレー候補が、2位のアダムズを支援し、結果的にアダムズが勝利をおさめたのでした。
アダムズは、クレーが協力したことの見返りに、彼を国務長官に起用すると、ジャクソン陣営はこれを「Corrupt Bargain」と非難し、リパブリカンズ内部の決裂が決定的なものとなりました。

そしてアダムズ政権の間、大統領派は「国民共和党(National Republicans)」を名乗り、ジャクソン派は「民主共和党(Democratic Republicans)」を名乗ったのでした。

この国民共和党は、後にホイッグ党と改名し、共和党へとつながっていきます。
一方で、民主共和党は、民主党へとつながっていきます。

このように、現代アメリカの二大政党のいずれもが、リパブリカンズという「州権主義者の末裔」であったことは、着目すべき点であると思います。
我々が日頃目に触れるアメリカとは、連邦政府であることが多いと思いますが、やはりアメリカは各州が寄り集まってできているものであって、それぞれの自治を尊重する連邦国家であるということをよく覚えておく必要があると思いました。


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