モビルスーツの誕生(ジオン公国編)

 

ミノフスキー粒子の発見とMSの誕生

宇宙世紀0079年に、人類最大最悪の戦争である、一年戦争が始まりました。
これに先立つ、宇宙世紀0065年には、ミノフスキー粒子が発見され、その立体格子状構造は内部を通過しようとする電磁波のうち、マイクロ波から超長波にかけての波長域を著しく減衰させるという効果を持っていました。
これによって、従来の電波通信は無効化され、ミノフスキー粒子の散布下においては、有視界での接近戦が前提となっていきました。

他方で、ミノフスキー・イヨネスコ型の超小型核熱反応炉により、ジオン公国においては、新型機動兵器が開発されていったのです。

ミノフスキー
(出典:http://blog.livedoor.jp/zakosoldier/archives/899581.html)

ミノフスキー核融合炉
(出典:機動戦士ガンダム THE ORIGIN 第11巻)

最初のモビルスーツ

宇宙世紀0073年、最初の機動兵器である、MS-04が開発されました。
「プロトタイプ・ザク」と呼ばれるものです。

Ms-04
(出典:http://gundam.wikia.com/wiki/MS-04_Prototype_Zaku)

開発したのはジオン公国の企業、ZEONIC社。
新兵器は、Mobile Space Utility Instrument Tactical=戦術汎用宇宙機器と総称され、「モビルスーツ」という略称が与えられました。

宇宙世紀0075年、初めての量産型モビルスーツとして、MS-05、通称「ザクI」が開発されました。
MS-05には、通常武装のA型と強化重武装されたB型があったとされ、全部で820機ほど量産されたと言われています。

ms050
(出典:http://www.gundam-the-origin.net/mechanical/0102.html)

ジオン公国およびZEONIC社は、これに続いて、地球侵攻を想定においた局地戦用MSの開発に着手しました。
この新型は、C型ではなく、新たにMS-06と名付けられました。
後に「ザクII」と呼ばれる兵器です。

ザクII
(出典:http://www.bandai.co.jp/catalog/item/4543112222404000.html)

ZEONIC社以外の開発試作機

実は、MS-04、MS-05の輝かしい開発の裏には、同時に開発された他の試作機がありました。

MIP-X1(MIP社)

まずはMIP(エム・アイ・ピー)社のMIP-X1です。
ZEONIC社の試作機ZI-XA3が人型の機動兵器であったのに対し、MIP-X1は従来型の宇宙戦闘機の延長でした。
常識的に考えれば、人型兵器などは悪い冗談と思うところです。
ただ、不要と思われていた手足は、宇宙では推進力を使わずに方向転換を可能にするAMBACシステムを実現していたのでした。
MIP-X1もAMBAC用のアームを持っており、後のモビルアーマーの始祖といえる機体でしたが、その点においてZEIONIC社の試作機に敗れ不採用となってしまいました。
しかしMIP社はビーム兵器の開発に早くから取り組んでおり、後にこれを搭載するモビルアーマーや水陸両用モビルスーツの開発・生産につながっていきます。

EMS-04(ZIMMAD社)

そしてZIMMAD(ツィマッド)社は、EMS-04、通称「ヅダ」を開発したものの、MS-05に敗れ不採用となりました。

ヅダ
(出典:http://maiani.info/mobile-suit-gundam-ms-igloo/)

ヅダは、「木星エンジン」と呼ばれる非常に高性能なエンジンを積んでおり、MS-06よりも遥かに高速で移動することが可能でしたが、公開飛行試験中に空中分解してしまい、結局MS-05・ザクIに敗れてしまいました。

ヅダ3
(出典:http://dengekionline.com/elem/000/000/810/810367/)

このように、ジオン公国におけるMSは、必ずしも一社だけで開発されていたわけではなく、ZEONIC社以外にも、MIP社やZIMMAD社といった競合企業が開発していたのです。
その中でZEONIC社のザクシリーズが、ジオン公国軍に制式採用され、他社の開発試作機は涙を飲んで敗れ去っていったのでした。

この後、ザクIIを大量生産したジオン軍は、ルウム戦役と呼ばれる戦闘において、地球連邦軍に対して圧倒的な勝利を収めます。
この大勝利により、ザクはジオン軍の象徴とも言える機体となっていくのです。

よく言われることですが、ザクのモデルは、あの帝国海軍の傑作機、零式艦上戦闘機と言われています。
大東亜戦争開戦当時における世界最高峰の戦闘機で、軽量の機体からくる運動性の良さと強力な武装、航続距離の長さを抜群だったのです。
それゆえに、当初は英米の戦闘機をまったく寄せ付けない連戦連勝ぶり。日本の快進撃の原動力となりました。
このあたりが、ブリティッシュ作戦からルウム戦役あたりまでのザクの活躍ぶりと重なります。

機体色が緑系とグレー系に塗られていること、零戦のザクIIの形式番号がA6MとMS-06というあたり、そして後発であるもののより性能で上回る連邦軍のMSに駆逐されていくあたりも酷似しているといっていいでしょう。

ルウム戦役
(出典:http://www.jp.playstation.com/psn/store/videostore/origin/ZakuII.html)

MIPとZIMMADのその後

しかし、MIP社、ZIMMAD社も指を加えて見ていたわけではありません。
戦争が継続していく中で、二社ともが新たなMSを開発し、ジオン軍にさらなる戦力増強をもたらすのです。

この続きは、また次回に。

 


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2 Responses

  1. 匿名 より:

    ザクのモデルにはドイツの四号戦車もあった筈です
    型番のCとかFとかまんまですし

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